奄美のSP盤レコードを捜しています

私たちは 奄美大島民謡 シマ唄の音源を捜しています。
100年ほど前の事です それぞれのシマにはシマ唄を受け継ぐウタシャがおり日々の生活暮らしの中で音楽は大きな役割を果たしていました。

シマ唄をレコード吹込みして遠方で暮らす人達へ、内地へ上がった人やブラジルなど海外へ渡った島人達へシマ唄を届けたいという想いを持った先輩方がおり、昭和初期の戦前レコードブームもあり宇検村湯湾出身の唄者さんなどのSP盤が制作されました。

早くから内地へ上がって活躍されていたウタシャ坂元豊蔵さんは昭和3年に東京のラジオ放送に出演され、初めて奄美シマ唄を紹介し評判となりました。

東京での演奏・活躍は東京や各地で暮らす奄美出身者たちに故郷を想う気持ちを強く抱かせ、それぞれの暮らしを助け励ましたことでしょう。

坂元豊蔵さんは昭和9年には、当時すでにレコード吹込みをしていた湯湾出身の中山音女さんとのレコード吹込みを行い一世を風靡したとも記事に残っております。坂元豊蔵さんと中山音女さんのSP盤レコードは どこのレーベルから発売されたのかの情報もありません。 情報よろしくお願い致します。

中山音女さんは 中山音女嬢名義でSPレコード吹込みを18枚残したと思われます。相方は伝説の三味線奏者の 直 傅次郎 であろうと想像されていますがレコード盤ラベルには三味線奏者の名前がクレジットされていないことから三味線方は不明となります。

直 傅次郎さんは、日本に初めてサトウキビ(精糖技術)を伝えた 直河知翁の子孫であり奄美史に名を遺すべく人物です。 直傅次郎さんは大熊の 日置イワさんとの演奏をオーシマレコードに残しています。 

これら奄美の先人達の 在りし日の姿、発したユムタ、つやつやとした若かりし頃の唄声や演奏は現在の私たちは聴くことが出来ません。
現存するレコード盤は極わずかで、現在に生きる私たちは約90年前の輝かしい当時の演奏を聴き、学びたい。
私たちは現存するSP盤レコードを捜しています。

ニッポンレコード トンボ印 山キ商店専売 唄者 中山音女、三味線 不明
オーシマレコード京都スタジオ録音 万年堂 唄者 日置イワ、三味線 直 傅次郎
レコード会社不明  発売元不明  唄者 中山音女 三味線・唄 坂元豊蔵

このSP盤レコードを捜しています。 どうぞご協力下さい。

ご連絡は 奄美シマ唄音源研究所
メール:labo@amami-shimauta.com

電話での問い合わせは 
奄美三味線 沖島まで https://amami-syamisen.jp 0997-53-7401 
※お電話のお問い合わせについては営業時間内(10:00~19:30)にお願い致します。

わきゃあんまとじゅのシマ唄本当の声と演奏に戻したい

昭和初期のSP盤レコードは78回転で再生しても、
わきゃ(私たち)あんま(祖母)と じゅ(祖父)の演奏は蘇りませんでした。

中山音女さんのCDはSP盤を録音回転数で再生しなかった為に
ハヤマワシで紹介されてしまいました。
私たちの検証結果より復元され驚くほどリアルな声と演奏が蘇ったのです。
奄美のみんなに聴かせたい。

本当の唄声と演奏に戻して聴き、感じ、習い、学び、伝え残したい。
そのために 奄美シマ唄音源研究所を発足しました。

ウタシャ、シマ唄が大好きな人、シマ唄・三味線学びたい人、みんな仲間です。どうぞ気軽に仲間になって下さい。

〜シマ唄学べば島の文化を知り
島の文化を学べばシマ唄を知る〜

時の流れには薄れない、先人から受け継がれたことを大切に学び、
そしてまた次へ。
私たちもまたその中に居ます。

真実に出会う運命の日まで 応援よろしくお願いします

★ 奄美シマ唄音源研究所 ★

シマ唄 復元音源 サンプル動画

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